深夜2時。
部屋の明かりは、パソコンの画面だけだった。
カーテンの隙間から見える外は、もう完全に眠っている。
遠くで救急車のサイレンが一度だけ鳴って、すぐに消えた。
それ以外は、驚くほど静かだった。
キーボードの上に置いた指が、動かない。
さっきから、画面には同じ検索結果が並んでいる。
「副業 未経験」
「在宅ワーク 本当に稼げる?」
「30代 スキルなし 不安」
似たような言葉を、何度も打ち直していた。
少し表現を変えれば、答えが変わる気がして。
でも、表示される記事はどれも同じだった。
「簡単に稼げる」
「今すぐ始めよう」
「誰でも月○万円」
胸の奥が、じわっと重くなる。
本当に?
私でも?
画面をスクロールしながら、心の中で小さくつぶやく。
「やめておいたほうがいい理由」
「失敗した人の話」
そんな言葉も、同時に探していた。
期待と不安を、同時に確かめたかった。
時計を見ると、2時12分。
明日もパートがある。
本当はもう寝なきゃいけない。
それなのに、
画面を閉じることができなかった。
何もしていないようで、
私は必死だった。
椅子に深く座り直して、肩をすくめる。
冷めたお茶を一口飲んで、また検索窓に戻る。
「副業 向いてない人」
「私でもできる仕事」
誰にも見せない、弱音だ。
昼間の私は、ちゃんとしている。
遅刻せずに働いて、
笑顔で返事をして、
特別困っていない顔をしている。
でも、深夜2時の私は違った。
「このままでいいのかな」
誰にも言えないその気持ちだけが、
静かな部屋に残っていた。
スマホを手に取って、SNSを開く。
成功した人の投稿が流れてくる。
「人生変わりました」
「自由な働き方」
「好きな場所で仕事」
眩しすぎて、すぐに閉じた。
羨ましい、より先に、
怖い、が来る。
私には無理かもしれない。
失敗したらどうしよう。
時間もお金も、無駄になるかもしれない。
そう思いながら、
それでも検索をやめなかった。
不安で動けないのに、
不安だから知りたかった。
何度も同じページを行き来して、
気づけば検索履歴だけが増えていく。
「今日も何もしていない」
そんな言葉が、頭をよぎる。
でも本当は、
何もしていなかったわけじゃない。
怖さと向き合っていた。
逃げたい気持ちと、続けたい気持ちの間で、
ずっと揺れていた。
深夜2時半。
画面を閉じる。
パソコンのファンの音が止まって、
部屋がさらに静かになる。
布団に入って、天井を見る。
暗闇の中で、
「いつか、始められるかな」
そんなことを考えていた。
あの頃の私は、
まだ何も始めていなかった。
でも、
何も考えていなかったわけじゃない。
深夜2時に増え続けた検索履歴は、
「変わりたい」と思っていた証拠だった。
不安の数だけ、
私は自分の人生を見つめていた。
その夜は、
何も変わらないまま終わった。
でも、
確かに何かが、
静かに積み重なっていた。
それを、
あの頃の私は、
まだ知らなかった。