土. 1月 10th, 2026

不思議だな、と
そのとき思った。

スクールの中で、
前に進んでいるように見える人たち。
行動していて、
手を動かしていて、
結果に近づいているように見える人たちほど――
どこか、不安そうだった。

弱音を吐かないわけじゃない。
むしろ、よく口にする。

「これで合ってるのか分からなくて」
「自信が持てなくて」
「正直、怖いです」

最初は、
意外だった。

できる人は、
迷わないものだと思っていた。
前向きで、
強くて、
不安なんて感じないまま
どんどん進んでいくものだと。

でも、
違った。

不安がない人ほど、
動いていない。
何も始めていない人ほど、
「大丈夫そう」に見えた。

一方で、
実際に動いている人ほど、
具体的な不安を抱えていた。

次に何をすればいいか。
この選択で合っているのか。
時間の使い方は正しいのか。
このまま続けて、辿り着けるのか。

考えれば考えるほど、
不安は増える。

それはきっと、
未来をちゃんと見ているからだ。

ぼんやりした不安じゃなく、
現実に足を踏み入れたからこそ生まれる、
輪郭のある不安。

私も、そうだった。

何もしていなかった頃の不安は、
霧みたいだった。
大きくて、
正体が分からなくて、
ただ怖いだけ。

でも今の不安は、
もっと具体的だ。

作業が足りない気がする。
成長が遅い気がする。
この選択は正しいのか、分からない。

それは、
進んでいる証拠でもあった。

やっていない人は、
不安を感じる前に、
考えるのをやめてしまう。

やっている人は、
不安を抱えたまま、
それでも考え続ける。

だから、
不安がある場所に、
人は集まる。

動いている人たちの輪には、
必ず不安がある。

それは、
弱さじゃない。

真剣さだ。

夜、
パソコンの画面を閉じて、
一人で考える。

今日も、
完璧とは言えない一日だった。

でも、
不安を感じた。

それは、
今日もちゃんと、
自分の人生に触れていた証拠だった。

何もしていなかった頃は、
不安を消そうとして、
何もしなかった。

今は、
不安を抱えたまま、
少しだけ前に出ている。

やっている人ほど、
不安を抱えている。

それは、
怖いことでもあるけれど、
少しだけ、救いでもあった。

不安がある私は、
間違っていない。

この場所にいる私は、
ちゃんと、
やっている側に立っている。

そう思えた夜は、
ほんの少しだけ、
眠りに入りやすかった。

不安は消えなかったけれど、
それを抱えている自分を、
初めて、
否定せずにいられた。

投稿者 minatsu

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