前の職場では、
私は「できる人」だった。
電話が鳴れば、反射みたいに体が動いた。
相手の声色を聞いただけで、
クレームか、問い合わせか、
それとも少し寂しいだけの人か、
だいたい分かった。
難しい案件が回ってくるのも、
新人さんのフォローを頼まれるのも、
いつの間にか当たり前になっていた。
「スーパーエースだから」
そう言われるたびに、
笑って「いえいえ」なんて返しながら、
心のどこかで、少しだけ安心していた。
私は、ここにいていい。
私は、役に立っている。
私は、ちゃんとできている。
そう思える場所が、そこにはあった。
でも、副業を始めて、
スクールに入って、
新しい世界に足を踏み入れた瞬間、
その感覚は、あっけなく消えた。
画面の向こうには、
知らない言葉。
知らないツール。
知らないスピード感。
「えっと…」と止まる指。
どこを見ればいいのか分からない画面。
質問しようとして、
「こんなこと聞いていいのかな」と消した文章。
あの頃の私なら、
説明する側だった。
教える側だった。
頼られる側だった。
なのに今は、
何一つ、自信を持って言えることがない。
スーパーエースだったはずの私は、
ここではただの初心者で、
評価されていた過去は、
今の私を助けてはくれなかった。
それが、思っていた以上に堪えた。
「私、結局あの場所だけの人だったのかな」
「できるって言われてたのは、環境のおかげだったのかな」
夜、パソコンを閉じたあと、
そんな考えが頭の中をぐるぐる回った。
過去の実績を思い出すほど、
今の自分との差がはっきりして、
余計に苦しくなることもあった。
評価されていたはずなのに、
自信は、ここに持って来られなかった。
でも、少し時間が経ってから、
ようやく分かったことがある。
あの場所での評価は、
「私がダメじゃない証明」ではあったけど、
「この場所でもできる保証」ではなかった。
そしてそれは、
悪いことじゃなかった。
新しい場所では、
また一から積み上げるしかない。
分からないまま、立ち止まりながら、
少しずつ覚えていくしかない。
それは、
前の自分が否定されたわけじゃなくて、
今の自分が、別の入り口に立っているだけだった。
評価されていた過去が、
今の自信にはならなかった。
でも、
あの頃、積み重ねてきた「続けた時間」は、
ここで踏ん張る力にはなっていた。
分からなくても、投げ出さない。
できなくても、完全にはやめない。
自信がなくても、画面を閉じきらない。
それだけは、
あの頃の私が、ちゃんと教えてくれていた。
だから今は、
過去の評価にすがらなくていいと思っている。
もう一度、
何者でもないところから始めている自分を、
少しだけ誇りに思える。
評価されていた過去が、
今の自信にはならなかった。
でも、
今の私が前に進む理由には、
確かになっている。
そしてたぶん、
この感覚を知れたこと自体が、
次の章に進むための、
小さな準備なんだと思う。