次の朝、
カーテンの隙間から差し込む光は、
やけに白くて、やけに静かだった。
昨日まで胸の奥で鳴っていた不安の音が、
完全に消えたわけじゃない。
でも、少しだけ音量が下がった気がした。
湯気の立つマグカップを両手で包みながら、
私はぼんやりと窓の外を見ていた。
ベランダの向こう、
名前も知らない鳥が、
コンクリートの隙間に止まっている。
あの鳥は、
どこかで評価された過去を持っているんだろうか。
誰かに「すごいね」って言われたことは、
あるんだろうか。
そんなことを考えて、
自分でも可笑しくなった。
誰にも褒められなくても、
鳥は飛ぶ。
迷っても、止まっても、
また羽を広げる。
それだけで、生きている。
パソコンを開く指は、
まだ少し震えていた。
完璧にはほど遠い。
自信も、相変わらず胸を張れるほどじゃない。
それでも、
昨日よりほんの少しだけ、
画面が敵じゃなく見えた。
分からない言葉は、
相変わらずそこに並んでいる。
知らないツールも、
無表情なまま待ち構えている。
でも今日は、
「全部分かろう」とは思わなかった。
一行だけ。
一操作だけ。
一歩、ほんの数センチ分だけ。
それでいい、と
自分に許可を出した。
思い出す。
あのコールセンターの夜勤明け、
眠くて、声も枯れて、
それでも受話器を置かなかった日々を。
あの時も、
最初から強かったわけじゃない。
失敗も、冷や汗も、
数えきれないほどあった。
それでも、
続けた。
評価は、
あとからついてきただけだった。
「できる人」になる前に、
「やめなかった人」だった。
その事実が、
今になって、
静かに背中を押してくる。
私は深く息を吸って、
小さくキーボードを叩いた。
カタ、カタ、という音が、
部屋の静けさを切り裂く。
それは拍手でも、賞賛でもない。
でも確かに、
前に進む音だった。
画面の向こうで、
世界は何も変わっていない。
誰も私を評価していない。
成果も、結果も、まだない。
それでも、
私はここに座っている。
逃げずに、
閉じずに、
今日も続けている。
それだけで、
胸の奥に、
小さな灯りがともる。
まだ名前のない光。
自信とも、実力とも呼べないもの。
でもそれは、
確実に消えていない。
評価されていない今。
何者でもない今。
それでも私は、
昨日よりほんの少しだけ、
前にいる。
そしてきっと、
この積み重ねの先で、
またいつか振り返る日が来る。
「あの頃は、何も分からなかったな」って、
少し笑いながら言える日が。
その日まで、
私は今日も、
たった一行を積み上げる。
静かな朝の中で、
大げさな決意もなく、
ただ、確かに。
物語は、
まだ途中なのだから。