動画の再生時間は、相変わらず「1:00:00」と表示されていた。
白い画面の右下に、小さく、でもやけに主張する数字。
それは私にとって巨大な壁のように見えた。
1時間。
その数字を見ただけで、肩が少し重くなる。
心の奥で、何かが「またか」とため息をつく。
昨日も見た。
一昨日も見た。
そのたびに、私は画面を閉じてきた。
でも今日は、なぜか閉じなかった。
パソコンの前に座り、部屋の静けさを確かめる。
窓の外はもう暗く、遠くで車の音がかすかに聞こえるだけ。
机の上には、さっき淹れたコーヒー。
湯気はもうほとんど立っていない。
一口飲むと、少し苦くて、少しだけ目が覚めた気がした。
深呼吸をひとつ。
胸いっぱいに空気を吸い込んで、ゆっくり吐く。
その動作だけで、なぜか「覚悟を決めている自分」を演じているみたいで、少し可笑しかった。
「全部見なくていいから」
誰に聞かせるでもなく、心の中でそっとつぶやく。
まるで、怖がっている子どもをなだめるみたいに。
画面に戻る。
再生ボタンの上に、カーソルを乗せる。
昨日は、ここで止まった。
何度もカーソルを合わせては、離して。
押す理由を探して、押さない理由を集めて。
結局、何も始められなかった。
「今じゃなくてもいい」
「もう少し余裕のある日に」
そんな言い訳だけが、やけに上手くなっていった。
でも今日は違った。
心のどこかで、もう分かっていた。
完璧な日なんて、きっと来ない。
集中できる時間も、理想的な環境も、探していたら一生始まらない。
「10分だけ」
そう決めた瞬間、胸の奥で何かが軽くなった。
たった10分。
1時間の中の、ほんの一欠片。
それなら、失敗してもいい。
途中でやめても、許せる。
そう思えた。
クリック。
スピーカーから、講師の声が流れ出す。
少し機械的で、でも落ち着いた声。
スライドが切り替わり、文字が現れては消えていく。
不思議なことに、ちゃんと聞こえていた。
頭に入れようと必死になるわけでもなく、
理解しようと構えるわけでもなく、
ただ、耳に届いた言葉を、そのまま受け取っていた。
ノートは開かなかった。
メモを取らない自分に、罪悪感もなかった。
今日は勉強じゃない。
今日は「慣れる日」だ。
そんな言い訳を、自分に許していた。
気づけば、10分。
タイマーが鳴るより先に、動画を止めた。
画面が静止する。
「……ここで終わり」
声に出すと、意外なほど落ち着いていた。
1時間は見ていない。
内容を完璧に理解したわけでもない。
それなのに、不思議と「やってない感じ」がしなかった。
むしろ、胸の奥に小さな灯りがともっているみたいだった。
「ちゃんと、始めた」
その感覚だけが、静かに残っていた。
昨日までの私は、「1時間=全部見なきゃいけない」「理解できなきゃ意味がない」そんな重たい条件を、自分に課していた。
だから動けなかった。
だから怖かった。
でも今日は、たった10分。
それだけで、スクールは「試練の場所」じゃなくなった。
動画一覧を閉じる前、再生履歴に残った小さなバーが目に入る。
1時間のうちの、ほんの10分。
でもそれは、「何もしていない人」には、絶対に残らない痕跡だった。
大きな一歩じゃない。
誇れるほどの進捗でもない。
それでも、止まっていた時間から、確かに一歩、前に出た日。
今日は、1時間の動画を前にして、10分だけ再生した日。
そして、ちゃんと「始まった日」だった。