土. 1月 10th, 2026

その日も、部屋は静かだった。

カーテンの隙間から差し込む夕方の光が、机の上を斜めに横切っている。
昼と夜の境目みたいな、少し心が落ち着かない時間帯。

パソコンを開くと、いつもの画面が立ち上がった。
見慣れてきたはずのダッシュボード。
それでも、動画一覧に並ぶ長いタイトルと再生時間の数字は、まだ少しだけ威圧感を放っている。

1:00:00。

あの「1時間」の表示は、相変わらずそこにあった。
でも、不思議と前ほど重くは感じなかった。

昨日、私は10分だけ再生した。
途中で止めて、ちゃんと終わらせた。
それだけのことなのに、その記憶が小さなお守りみたいに胸の中に残っていた。

今日も、10分だけでいい。

そう決めて、椅子に座る。
背もたれに深くもたれかかり、足を組み替える。
机の上には、もう冷めかけたコーヒー。

一口飲むと、昨日より少し苦く感じた。

「10分だけだから」

また、心の中で言う。
昨日と同じ言葉。
でも、昨日よりもずっと自然に出てきた。

再生ボタンを押す。

動画が始まり、講師の声が部屋に広がる。
スライドが切り替わる音。
カーソルを動かす必要もなく、私はただ画面を見つめていた。

今日は、ノートを出した。
書こうと思って出したわけじゃない。
気づいたら、手が伸びていた。

ペン先が、紙に触れる。
さらさらと音を立てて、短い言葉が並ぶ。

全部を書き留めようとは思っていない。
「あとで見返すかも」
それくらいの、軽い気持ち。

時計を見る。
まだ、10分は経っていない。

胸の奥で、少しだけ余裕が生まれているのを感じた。

動画は続く。
話の流れが、少しずつつながっていく。
さっき聞いた言葉が、今の説明に重なって、理解になる。

「……あ」

小さく声が出た。
分かった、というほど大げさじゃない。
でも、腑に落ちた感覚。

その瞬間、世界が少しだけ明るくなった気がした。

気づけば、私は姿勢を正していた。
肘を机につき、画面に少し近づく。

「ここまででいい」

そう思いながら、
「もう少しだけなら」とも思っていた。

動画の右下を見る。
再生バーは、10分を越えている。

本来なら、ここで止めるはずだった。
自分で決めたルール。
自分を守るための、10分。

でも、手は止まらなかった。

「次の説明、聞いてから」

そんな理由をつけて、
私はそのまま再生を続けた。

気づけば、20分。

画面に表示された時間を見て、思わず瞬きをする。

「あれ……?」

10分のつもりだった。
ちゃんと決めていた。
それなのに、もう20分。

でも、不思議と焦りはなかった。
疲れも、義務感も、どこにもなかった。

ただ、
「今、やれている」

その感覚だけが、はっきりとあった。

動画を止める。
画面が静まり返る。

深く息を吐くと、胸の中にあたたかいものが広がった。

10分が、20分になった。
無理をしたわけじゃない。
頑張ったつもりもない。

ただ、続いただけ。

昨日までの私なら、
「1時間やらなきゃ意味がない」
そう思って、何もできなかった。

でも今日は違う。

10分を許したから、
20分にたどり着いた。

机の上のノートには、
走り書きの文字が並んでいる。
完璧じゃない。
でも、確かに私の字だ。

画面を閉じる前、再生履歴のバーが、昨日より少し長くなっているのを見た。

たった10分分の違い。
それなのに、胸が少し誇らしかった。

大きな変化じゃない。
誰かに自慢するほどでもない。

それでも、
止まっていた時間が、静かに動き出している。

今日は、10分が、いつの間にか20分になった日。

そして、
「続けられるかもしれない」と、初めて思えた日だった。

投稿者 minatsu

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