その夜、
パソコンはちゃんと机の上にあった。
電源も入っている。
ブラウザも開いている。
課題のページも、画面の真ん中に表示されていた。
なのに、
私は何もしていなかった。
時計を見ると、23時を少し過ぎている。
「そろそろ始めないと」
そう思いながら、
指はキーボードの上に乗らない。
部屋は静かだった。
遠くで車の音がして、
冷蔵庫が小さく唸る音だけが聞こえる。
昼間は、
「今日は課題やろう」って思っていた。
ちゃんと時間も空けていたし、
心の中では覚悟も決めたつもりだった。
なのに夜になると、
課題という二文字が、
急に重たくなる。
画面に書いてある説明を読む。
一行目で、
もう分からない気がする。
「これって、どういう意味だっけ」
「前の動画でやったよね」
「え、私ちゃんと聞いてた?」
そんな疑問が、
一気に押し寄せてくる。
分からないところを調べようとして、
別のタブを開く。
検索して、
少し読んで、
また分からなくなる。
気づいたら、
画面には関係ないページが増えていた。
課題から、
少しずつ、
確実に遠ざかっている。
頭の中では、
自分を責める声が大きくなる。
――また今日も、何もできないの?
――スクール入った意味、ある?
――みんなはもう終わらせてるかもしれないのに。
誰にも言われていないのに、
勝手に追い詰められていく。
「やらなきゃ」
「でも分からない」
「分からないまま出すのは怖い」
「怖いから、手が動かない」
堂々巡りだった。
課題に手をつけられなかったのは、
怠けていたからじゃない。
真面目に向き合おうとしすぎて、
動けなくなっていただけだった。
時計は、
気づけば0時を回っていた。
今日中にやるって、
決めてたのに。
その瞬間、
胸の奥が、
じんわり痛くなった。
――やっぱり、向いてないのかな。
その言葉が浮かんで、
消えなくなる。
前の私なら、
ここで全部閉じて、
「やっぱ無理だった」で終わっていたと思う。
でもこの夜、
私は少しだけ違った。
課題には、
結局、手をつけられなかった。
それは事実。
でも、
パソコンを閉じる前に、
画面をもう一度見た。
「今日はできなかった」
そう、心の中で言った。
言い訳もしなかった。
励ましもしなかった。
ただ、
事実として認めただけ。
そして、
ブラウザを閉じた。
布団に入ると、
相変わらず不安は残っていた。
自己嫌悪も、
少しだけあった。
それでも、
前より強く自分を責めることはなかった。
課題に手をつけられなかった夜。
それは、
何も進まなかった夜じゃない。
「できない自分」を否定せずに、
ちゃんと今日を終わらせた夜だった。
明日、
また同じ課題を開くかもしれない。
怖さは、
消えていないだろう。
それでも、
この夜を越えた私は、
昨日よりほんの少しだけ、
自分から逃げずにいられる。
課題に手をつけられなかった夜。
それは、
折れなかった夜でもあった。