ロードマップを保存したあと、私はしばらく画面を閉じられずにいた。
夜の部屋は、昼間よりも静かだった。
換気扇の低い音と、遠くで走る車の音だけが、ゆっくりと時間を進めていく。
机の上には、使いかけのノート。
端が少し折れたペン。
どれも特別なものじゃないのに、今日は妙に現実味があった。
「ここから、始めるんだ」
独り言のように呟いて、私はノートを開いた。
真っ白なページに、ロードマップを書き写していく。
今日やること。
今週やること。
今月は、ここまで。
文字にするたび、頭の中にあった不安が、少しずつ外に出ていくのが分かった。
不安は消えない。でも、形になると、意外と小さかった。
窓の外を見ると、いつの間にか空が暗くなっていた。
街灯がひとつ、またひとつと灯っていく。
私は思い出していた。
これまで何度も「変わりたい」と思ってきたことを。
新しいことを始めるたび、
期待して、頑張ろうとして、
情報に飲み込まれて、
「やっぱり私には無理だ」と結論づけてきたことを。
でも、今日は違った。
全部を理解しようとしていない。
全部を一気にやろうとしていない。
「今日は、ここまででいい」と、自分に許している。
それは、小さな変化だったけれど、
今までの私にはなかった態度だった。
パソコンの画面に、チェックリストが映っている。
完璧じゃない。
むしろ、心許ないほどシンプル。
それでも、そのシンプルさが、今は救いだった。
「進んでいいんだ」
誰かに背中を押されたわけでもない。
でも、確かに道があると知れた。
不思議なことに、
“成功した未来”を想像しているわけでもなかった。
フリーランスになっている自分も、
収入が増えている自分も、
まだ、ぼんやりしている。
それでも――
「明日、続きをやる自分」は、はっきり想像できた。
それで、十分だった。
私はパソコンを閉じ、椅子から立ち上がった。
キッチンでお湯を沸かし、マグカップに注ぐ。
湯気が立ちのぼり、眼鏡が一瞬だけ白く曇った。
その曇りの向こうで、
今日一日の出来事が、静かに落ち着いていく。
迷って、止まって、
それでも戻る場所を見つけた日。
何も劇的には変わっていない。
明日も、きっと不安はある。
でも私は知っている。
もう、闇雲には歩かない。
立ち止まったら、戻ればいい。
分からなくなったら、聞けばいい。
進めない日は、進めないと認めればいい。
それでも、道は消えない。
ベッドに横になり、天井を見つめながら、私は静かに目を閉じた。
「大丈夫。ちゃんと、進んでる」
そう思えた夜は、久しぶりだった。
そしてこの日を境に、
私の副業は「憧れ」ではなく、
「現実として積み重ねていくもの」になった。
派手じゃない。
速くもない。
それでも確かに、
私の足で、一歩ずつ。
この道の先に何があるのかは、まだ分からない。
でも、迷子じゃない。
それだけで、
明日を迎える理由としては、十分だった。