翌朝、目が覚めた瞬間、
私は一瞬だけ不安になった。
昨日のあれは、
気のせいだったんじゃないか。
一時的に安心しただけで、
今日になったら、また元に戻っているんじゃないか。
スマホを手に取り、時間を見る。
いつもと同じ朝。
特別な通知もない。
それでも、布団の中で深呼吸をひとつしてから、
私は起き上がった。
机に向かい、パソコンを開く。
立ち上がる音。
ログイン画面。
見慣れたはずの光景なのに、
今日は少しだけ、違って見えた。
チェックリストを開く。
昨日、自分で作ったロードマップ。
そこに並ぶ項目は、相変わらず地味だった。
動画を一本見る。
メモを三行書く。
分からないところに印をつける。
誰かに自慢できるような内容じゃない。
成果と呼ぶには、あまりにも小さい。
それでも私は、
ひとつ目の項目にチェックを入れた。
カチッ、と小さな音がした気がして、
胸の奥がわずかに動いた。
「できた」
声に出すほどでもない。
でも、確かに“やった”。
次の項目も、
完璧じゃないまま進めた。
理解度は六割。
途中で巻き戻した箇所もある。
メモも、きれいじゃない。
それでも、
止まらなかった。
気づけば、
チェックは二つ、三つと増えていた。
昼過ぎ、
私はふと手を止めた。
そして、
今まで一度もしたことのないことを考え始めていた。
「これを……誰かに見せてもいいのかな」
胸の奥が、きゅっと縮む。
こんなものを見せて、
笑われたらどうしよう。
「それだけ?」って思われたら。
頭の中で、
何度も自分にブレーキをかける。
でも同時に、
昨日の面談の言葉が、遅れて効いてきていた。
迷ったら、戻ってきてください。
今日は、ここまでで十分です。
私はスクリーンショットを撮った。
チェックの入った、小さなリスト。
誰に送るか、
何度も迷って、
文字を打っては消して。
指が少し震えていた。
「今日、ここまで進めました」
それだけの一文を添えて、
送信ボタンを押した。
一瞬、時間が止まった気がした。
送ってしまった。
取り消せない。
心臓の音が、やけに大きい。
返事が来るまでの数分が、
やたらと長く感じた。
そして、
画面に表示された短いメッセージ。
「いいですね」
「ちゃんと進んでますよ」
たったそれだけ。
でも、その言葉は、
思っていた以上に重かった。
胸の奥に、
じんわりと温かいものが広がる。
否定されなかった。
小さすぎるとも言われなかった。
「これは、進んでいる」と、
他人の目で確認してもらえた。
それは、
今まで一度もなかった感覚だった。
私は椅子にもたれ、
しばらく天井を見つめた。
できたことは、ほんの少し。
世界は、何も変わっていない。
それでも、
「自分の中だけの自己満足」じゃなくなった。
今日の“できた”は、
確かに外の世界とつながった。
その夜、
チェックリストをもう一度開く。
今日の分に、
小さく丸をつける。
派手じゃない。
遅い。
でも、確実に、
昨日の自分より前にいる。
私は初めて思った。
「このペースなら、続けられるかもしれない」
大きな夢じゃなくていい。
一気に変わらなくていい。
小さな「できた」を、
誰かに見せながら、
少しずつ積み上げていけばいい。
そう思えたこの日は、
私にとって
“行動が現実になった最初の日”だった。