その日は、朝から少しだけ気持ちが重かった。
理由は分からない。
ただ、何となく、足元が安定していない感じ。
コーヒーを淹れて、パソコンを開く。
いつもの流れ。
いつものはずの時間。
けれど、無意識に開いてしまったのは、
チェックリストではなく、SNSだった。
画面に流れてくるのは、
「◯ヶ月で達成」
「未経験から月◯万円」
「初案件獲得しました」
胸の奥が、きゅっと縮む。
見なければいい。
分かっているのに、指が止まらない。
昨日までの「できた」が、
音を立てて小さくなっていく。
「私は、何をやっているんだろう」
比べるつもりなんてなかった。
でも、比べないでいられるほど、
強くもなかった。
画面を閉じて、
深く息を吸う。
それでも、
頭の中では数字と結果が回り続ける。
進んでいるはずなのに、
一気に置いていかれた気がした。
そのまま、
机の前で動けなくなった。
以前の私なら、
きっとここで終わっていた。
「やっぱり無理だ」
「向いていない」
そう言って、
そっと離れていく。
でも、その日は違った。
視線が、
机の端に置いたノートに落ちた。
ページの端に書いた、
小さな一文。
「迷ったら、戻る」
あの日の面談で、
もらった言葉。
私は、
SNSを閉じたまま、
チェックリストを開いた。
今日やること。
一つだけでいい。
動画を一本。
メモを数行。
胸の奥は、まだざわついている。
それでも、再生ボタンを押した。
理解できない部分が出てくる。
集中も途切れる。
それでも、
途中でやめなかった。
チェックを一つ、入れる。
その瞬間、
不思議と比べる気持ちが、
少し遠のいた。
比べてしまったのは、
私がダメだからじゃない。
ちゃんと、進みたいと思っているからだ。
そう思えた。
夕方、
チェックリストを閉じる。
成果は、小さい。
誰にも見せない一日。
それでも、
「戻れた」という事実が残った。
遠くへ行かなくていい。
近道を探さなくていい。
私は、
自分の場所に、
ちゃんと戻れた。
夜、
ベッドに横になり、
天井を見る。
比べてしまう日もある。
心が揺れる日もある。
でも、
戻る道を知っている。
それは、
進む力と同じくらい、
大切なことだった。
この日、私は知った。
前に進むとは、
比べないことじゃない。
比べてしまっても、
また自分の道に戻れること。
それができたから、
私はまだ、
この道を歩いていける。