一週間が終わった。
カレンダーを見ると、
ちゃんと日付は進んでいるのに、
自分は、あまり進んでいない気がした。
チェックリストを開いても、
丸の数は、思ったより少ない。
「これだけ?」
一週間あれば、
もっとできたんじゃないか。
もっと進めたんじゃないか。
そんな言葉が、
自然と浮かんでくる。
SNSを開くと、
相変わらず誰かが、
「〇ヶ月で達成」「一気に前進」
そんな投稿をしている。
画面を閉じても、
その余韻は、頭に残ったまま。
私は、
特別サボったわけじゃない。
投げ出したわけでもない。
それなのに、
“進んでいない感覚”だけが、
週の終わりに、
重くのしかかってきた。
ノートを開いて、
この一週間を振り返る。
動画を見た日。
少しだけメモを書いた日。
何もできなかった日。
それでも戻ってきた日。
全部、地味だ。
成果と呼べるものは、
どこにも見当たらない。
それでも、
ふと気づく。
一週間、
完全にやめた日はなかった。
ゼロの日はあった。
でも、
“やめた日”はない。
それを認めるまでに、
少し時間がかかった。
「進んでいない」の正体は、
“成果が見えない”だけだった。
進んでいないわけじゃない。
見えるところまで、
まだ来ていないだけ。
そう書いて、
ノートを閉じた。
週の終わりは、
相変わらず不安だった。
でも、
投げ出したい夜とは、
少し違っていた。